「所与の条件」
実は,最近よく頭の中に浮かんでくるコトバなのです。
自分の置かれた環境とか境遇とか状況の意味を考えること/考え直すこと。
その,ある種の制約の中でいかにあれこれをこなしていくか,
どのように自分を適応させて=折り合いをつけていくか,と。
そんなときに。
漫然と,うまく行ってないような気がするときにのみ意識化されるような事柄。
それを吹き飛ばすことができれば,あるいは何かの力でそれが消失すれば
もっと自由になれるのになと空想してみたり,
一瞬,それに徹底抗戦してみようかと戦闘意欲がわいたりするのですが。
冷静になってみると,別の新たな「所与の条件」が構成されるにすぎないとも思われ。
結局どう転んでもそれっぽいものはついてまわると。
なかなか思う存分好き勝手にはできないということです。
やれやれ。
でもそういうものなんだということは,
人生のどこかの時点では,わからなくてはいけないことなのでしょう。
*
それがあるから,自分の生きる道すじが定められるというところもあるし。
なければないで,迷ってしまう。
*
もちろん,自分の中で,自分のまわりに,
大きくかつ具体的に「それ」はあるのです。
手強いですなあ。
さて,どうしたものか。
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Commentaires
暑中お見舞い申し上げます。
難しい言葉だなぁと思って、自分ちの辞書や検索などでも
調べてみたら、けっこう普通に使っている人がたくさんいて
びっくりしました。
心理学系のHPや論文、ブログなどが多かったかな。
(でも、結局あなたの解説が一番わかりやすかった)
「どのように自分を適応させて=折り合いをつけていくか,と。」
という部分に非常に共感できることが、私の仕事場のひとつでも起きています。
(法改正のあおりを受け存続の危機、というもの)
でも、そのことについては「どうなっちゃうの?」と未来を探るよりも
日々のジョブとミッションを遂行することの方が大事だろうと思って
あまり不安を顕在化させてない自分もいたりして。
悩み多き年頃ですな。
(まあ、きっとあなたの憂慮の方がスケールが大きいと思います)
Rédigé par: ハラサチコ@夏バテ | 06 août 2006 17:40
お暑うございます
大きな声では言えないんですが(ので,コメント欄に書いちゃおう),
昨日はプールに行ってきました。あちこちヒリヒリ。
「それ」についてはあまり具体的に書かないのですけど,
正直なところ,うんざりしていることがあるのは間違いないな。
というわけで,
> 日々のジョブとミッションを遂行することの方が大事だろう
そう思います。そういうことになるよな。
でもさ,ジョブとミッションが乖離してるとなるとどうしましょ?つまり,
「すべきこと」と「したいこと」と「せざるをえないこと」の配分比率の問題。
「変化は必然」
を3箇条のひとつに掲げているセラピーもあるんでね,
しばらくは頭をそっちモードで稼働させてみます。
どうもありがとう。
Rédigé par: m0ch1 | 07 août 2006 06:47