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20 nov. 2011

「呪詛の効果を抑制し、贈与を活性化すること。」

内田樹 『呪いの時代』 を読みました。

あれこれの,ひっかかった箇所を引用記録しておこう。


 *


私はなぜあることを知っていて、それとは違うことを知らないのか? 私が何かを「知りたい」と思い、
また別の何かに「知るに値しない」と思うのは、どのような選別の基準に従っているのか? その
選別基準には一般性があるのか? あるとしたら、その一般性はどのように学的に基礎づけられる
のか? などなど。そういった一連の問いは「私の知の成り立ち方」について考究することへ僕たちを
導きます。それが「知識についての知識」をかたちづくります。
 学者というのは「知識をもつ人間」ではなく、「自分の持つ知識についての知識を持っている人間」
のことだと思います。ですから、自分の知っていることは「知るに値すること」であり、自分が知らない
ことは「知るに値しないこと」だと無反省的に信じ込める学者のことを僕は端的に「学者の腐ったような
やつ」と呼んでいました。
(pp.12-13)


 *


教育の場では、「君には無限の可能性がある」という言明と、「君には有限の資源しか与えられて
いない」という言明は同時に告げられなければならない。
 矛盾した言明を同時に告げられることではじめて子どもたちのうちで「学び」は起動するのです。
(p.22)


 *


この「呪いの時代」をどう生き延びたらいいのか。(…)それは生身の、具体的な生活のうちに
捉えられた、あまりぱっとしないこの「正味の自分」をこそ、真の主体としてあくまで維持し続ける
ことです。「このようなもの」であり、「このようなものでしかない」自分を受け容れ、承認し、
「このようなもの」にすぎないにもかかわらず、けなげに生きようとしている姿を「可憐」と思い、
一掬の涙をそそぐこと。それが「祝福する」ということの本義だと思います。
(p.36)


 *


呪いが機能するのは、それが記号的に媒介された抽象物だからです。具体的、個別的、一回的な
呪いというようなものは存在しません。あらゆる呪いは抽象的で、一般的で、反復的です。それが
記号的ということです。
(p.47)


 *


結婚が必要とするのは、「他者と共生する力」です。(…)社会人としての成熟の指標のひとつは
他者と共生できる能力、他者と協働できる能力です。この能力を開発する上で結婚というのは
きわめてすぐれた制度だと僕は思います。とりわけ、配偶者が示す自分には理解できないさまざまな
言動の背後に、「主観的に合理的で首尾一貫した秩序」があることを予測し、それを推論するためには、
想像力を駆使し、自分のそれとは違う論理の回路をトレースする能力を結婚は要求します。もちろん、
配偶者を「まったくランダムに思考し、思いつきで行動している人」と思いなすこともできないわけでは
ありません。でも、現実にはそんな人間は存在しません。あらゆる人間のあらゆる行動は、
「主観的には首尾一貫したロジック」によって貫かれているのです。ですから、配偶者のうちなる
この「ロジック」をおのれの全知全能を尽くして見出そうという努力が結婚生活において最優先の仕事
になります。
(pp.120-121)


 *


大人になるというのは「だんだん人間が複雑になる」ということです。表情も複雑になるし、感情も
複雑になる。人格の層の厚みが増す。少年のような無垢さがあり、青年のような客気がみなぎり、
老人のような涼しい諦念があり……というように同一人物中にさまざまな人格が踵を接して混在
しているというのが「大人」の実情です。どれか一つが支配的な人格になって、他を抑え込んでしまう
という人格解離現象を予防するためには、「私」の人格を構成している「これもまた私」の数を増やす
しかない。
 「他者との共生能力の劣化」ということを問題にしましたが、他者との共生の基礎となるのは、
実は「我がうちなる他者たち」との共生の経験なのだと僕は思います。(…)自分自身の中にある
(ろくでもないものを含めて)さまざまな人格特性を許容できる人間は他者を許容できる。
(pp.134-135)


「他者と共生する」というのは、「他者に耐える」ということではありません。「他者」を構成する複数の
人格特性のうちにいくつか「私と同じもの」を見出し、「この他者は部分的には私自身である」と認める
ことです。
 それは「感情移入」ということではありません。もっとずっと断片的なことです。自分と同じような
推論の仕方、自分と同じような感性的反応、自分と同じような生理的過程、そういうものを切り出して
いって、それを「共有」することです。その共有部分をどうすれば増やせるか。とりあえずは人格特性を
「切り出す」ユニットの数を増やすことしかない。
 自分の論理を細かく割ってゆく。自分の感情を割ってゆく。自分の身体を割ってゆく。(…)
だから、問題は「割り方」なんです。できるだけ細かく自分自身を割ってゆく。割れば割るほど他者と
共有できる要素が増えてゆく。
(pp.135-136)


 *


あなたが聴いてくれなくては、話が始まらない。そういう発信者の切迫が伝わるとき、メッセージは
過たず受信者によって受理される。
(p.199)


 *


そのコンテンツがたとえ理解不能であろうとも、僕たちは「自分に向けられた敬意」を決して見落とさない。
人間は自分に向けられた愛情を見落とすことはありますけれど、自分に対する敬意を見落とすことは
ありません。
(p.202)

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