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18 mars 2012

『ザ・ライティング・ライフ』

本を書く』という本を読む。

ここ を読んでからずっと読んでみたいと思っていたのですが
なかなか入手困難な本で(図書館にもなく)。
先日たまたま松丸本舗で発見→購入。


原題の方がいいなあ。
「書く生活」,あるいは「書く人生」。
本とは限らず。そしてライフというニュアンスを削らず。

いろいろと引用してみたい文章が並んでいるのです。


 *


[1]
 魅力的な仕事場は避けるべきである。部屋には眺めなど要らない。
そうしておけば、想像力は暗闇の中で記憶に出会うことができる。
(p.12)


[2]
 私はこのところスケジュールのことを考察している。
物理を勉強するときでさえ、私たちは最少の粒子の一つ一つを問うのだ。
ましてや今朝はなにをすべきかを問うのは当然である。
日々をどう過ごすかということは、いうまでもなく、人生をどう過ごすかということだ。
この時間、あの時間にしていることが、とりもなおさず、私たちの行動なのだ。
スケジュールは混乱と気紛れから守ってくれる。それは日々を逃さないための網だ。
それは時間の区切りに労働者が両手でしっかりつかまって立ち働くことができる足場である。
スケジュールは理性と秩序の模型である。それを望み、でっち上げ、そして現実のものにするのだ。
それは時間の破滅の中に仕掛けられた平和であり、安息の地である。
それは何十年も後に、まだ生きている自分が乗っているはずの救命ボートにもなる。
毎日が同じで、あなたはあとでその連続を、ぼんやりとした、
しかしながら強力な模様として思い出すのだ。
(pp.18-19)


[3]
 良い日々というものには、事欠かない。一方、良い人生のほうは稀である。
生きた感覚の喜びにみちた良い日々の積み重ねというだけの人生では、十分ではない。
感覚的人生は、貪欲の生活である。欲するものは日々に増してゆくが、
精神的生活なら、これはむしろ減じてゆく。
(p. 20)


[4]
 過程(プロセス)に意味はない。跡を消すがいい。道そのものは作品ではない。
あなたがたどってきた道には早や草が生え、鳥たちがくずを食べてしまっていればいいのだが。
全部捨てればいい、振り返ってはいけない。
(pp. 29-30)


[5]
 あなたが放棄しなければならないのは、単にもっともよく書けた文章というだけでなく、
皮肉なことに、今まで書いたものの中でももっとも核になる部分なのだ。それはもともとの
主要な一節である。そこからほかの文章が派生する部分であり、そのためにあなた自身
その作品を書く勇気を得たというエセンシャルな部分である。
(p. 31)


[6]
 慎重な一語は道順を示してくれるかもしれないし、もしかするとそこから多くの部分、
いやすべてが展開されるかもしれない。
(p. 43)


[7]
 狙いを、まき割り台に定めるのだ、木そのものではなく。
そうすれば木のてっぺんを削るのではなく割ることができる。
まき割り台の上に乗っている木を、まるで透明なものであるかのように
素通りしなければ、その仕事をきれいに片づけることはできない。
(p. 55)


[8]
 このヴィジョンは、ここで強調しておくが、けっして素晴らしいものではない。
それは作品の知的な構造であり、美的な表面である。
それは精神の片鱗であり,心地よい知的なものである。
それは作品のヴィジョンであって、世界のヴィジョンではない。
それは光を放つ、ぼんやりとした美だ。
その構造は光を放ちながらも光を通すものだ。
あなたはそれを通して世界が見える。
(…)
 仕事を進めるにつれて、あなたは多くのことを変え、学ぶであろうと知っている。
そしてあなたの手元で形が大きくなり、新しい、より豊かな光を放つだろうと知っている。
しかし、その変化はヴィジョンを変えるものにはならないし、その深い構造も変えるものにはならない。
それはヴィジョンを豊かにするだけなのだ。あなたはそれを知っているし、それは正しい。
 しかし、もしあなたが、実際の執筆において、または実際に絵を描くことにおいて、
その作業でヴィジョンを埋めていくと思うなら、それは間違いだ。
人はヴィジョンを補充することはできない。ヴィジョンを明るみに出すこともできない。
(…)
 ヴィジョンは壊されるというより、あなたが執筆を終えると、忘れられてしまうのだ。
(…)
 ヴィジョンは、永遠なる観念の下にあり、一揃いの精神的関係であり、
表向きの可能性の首尾一貫した継続体である。
しかし、実際の時間においては、それは単語や問いで埋まったノートの一ページか二ページだ。
それはへたな図形であり、欄外に書かれたいくつかの書名であり、
わけのわからない落書きであり、図書館の本のページの折られた隅である。
これらは思考する頭脳から愚かな希望に向けて発せられるメモである。
(pp. 71-72)


[9]
 まき割り台をめがけて斧を振り下ろすのだ。まきをめがけてはだめだ。
まきを通過し、まきの下の台をめがけるのだ。
(p. 74)


[10]
 なぜかはわからないが,あなたが興味をそそられるものがある。
書物で読んだことがないので、説明するのがむずかしい、と、そこから始めるのだ。
あなたはそのことに、あなた自身の驚きに、声を与えるために、存在するのだ。
(p. 81)


[11]
 彼らは自分が使った素材を愛した。作品の可能性が彼らを興奮させた。
素材の分野の複雑さが彼らの想像力を刺激した。
愛着が仕事へと導き、仕事がスケジュールへと導いた。
彼らは自分のかかわった職業についてよく学び、そしてまたそれらをこよなく愛した。
彼らは、尊敬すべきことに、愛と知識を出発点として仕事をした。
そして人に長く読み続けられる複雑な作品を作り出した。
(p. 85)


[12]
 手を抜くな。すべてを厳密に容赦なく調べ上げるのだ。
一つの芸術作品における細部を厳しく調べ、探すのだ。
離れてはいけない。飛び越えてもいけない。わかったようなふりをしてはいけない。
徹底して追及し、ついにそのもののもつ独自性と強さの神秘性のなかに
その正体を見るまで追い詰めるのだ。
(p. 94)


[13]
 書くことについて私が知っているわずかなことの一つに、一回一回、
すぐに使い尽くせ、打ち落とせ、弄べ、失え、ということがある。
本の後のほうで、または別の本で使おうと思うな、取っておくな、ということだ。
出すのだ。すべてを出し切るのだ。いますぐに。
あとでもっと適当なところに使うためにとっておきたいと思う衝動こそ、
いま使え、というシグナルである。
もっと他のこと、もっと良いものは、あとで現れる。
これらは後ろから、真下から、まるで湧き水のように満ちてくる。
同じように、あなたが手に入れたものを自分だけのためにとっておくのは、
恥ずかしいことであるばかりでなく、破壊的なことである。
あなたが自由に、ふんだんに与えようとしないもの、それは消えてなくなってしまうものだ。
金庫を開けてみると、灰になっている。
(p. 95)

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